こちらは2021年10月21日の記事を再編集しました。
「○○(自分の嫌いな食べ物)が食べられないなんてもったいない」「かわいそう」「人生の半分を損してるね」とだれかに言われたことがありませんか?
わたしの弟は小さい頃
野菜が食べられなかったり、
お米や魚があまり好きではなかったり、
いろいろ好き嫌いがありました。
すごく有名ではないけれど、
魚がおいしいと言われている地域に住んでいるので、
「せっかく魚がおいしいのに損しているね」
とよく言われていました。
言われて
どう思っていたのかと聞いてみたら、
「別に損していると思ったことがない。嫌いな食べ物を食べないだけ。逆にそんなものをおいしいと言って食べている方が損しているよ。」と返ってきました。
そっか!!
彼の世界では世間の人たちがおいしいと言っているものが食べられないことは損ではないのです。その食べ物は彼にとって、おいしくないから食べないだけ。
○○がおいしい人にとって、
○○が食べられないことはとっても不幸なことで、
人生を損しているかわいそうなこと。
○○がおいしくないと感じるにとっては、
○○を食べないことは当たり前なこと。
食べたくないから食べない。
ただあなたとわたしの世界の設定が違うだけ。
こういう食べ方・料理方法があるよとか
ここの産地の○○は他と違っておいしいよとか
アドバイスはとてもうれしく思います。
ですが
どんなにアドバイスをしても
その人にとっておいしくないと
感じるときがあるかもしれません。
かわいそうとか損しているとか
相手を自分に当てはめて思わなくてもよくて、
ただそういう人なんだなということ。
相手は全然損していないから。
好きで食べていないだけだから。
わたしも今まで
相手を自分の基準に照らし合わせて
勝手に判断してきました。
わたしの基準では損しているようにみえるから、
助けてあげなければいけないと思いがちでした。
そうではないかもしれません。
自分の世界を信頼する人は
相手の世界も同じように尊重しようと思えるように、
これからは相手と意見や想いが違ったとしても
「なるほど!(わたしの世界とは違うけれど)そういう世界もあるんだ。」
とお互いの世界を受けいれ、
認め合おうと努力することを忘れないようにしたいと思います。
否定でも憐憫でもなく信頼や愛✨
photo by:@josephtpearson on unsplash
最後までお読みいただきありがとうございました。
愛と感謝を込めて。
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